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学芸員随想

泰井 良

 美術館に勤めていると、思いもかけない魅力的な作品と出会うことがある。今回、ご紹介する岸田劉生《静物(リーチの茶碗と果物)》(1921年3月14日 油彩、キャンヴァス)は、観る事の歓びを与えてくれる作品である。

 この作品、題材はごく普通の静物画だが、何か人を惹き付けるものがある。それは一体何なのか?描かれた対象を一つ一つ見ていこう。まず、青い壁に注目すると、境界線の位置が画面中央、やや右寄りの位置に引かれていることに気付く。この線の空間における役割は、はっきりとしない。つまり前方に出ているのか、後方に退いているのか、それとも単なる模様なのか。また、テーブルと壁の位置関係も不明瞭で、テーブルは左端が切断されていること、右方向へ微妙に傾斜していることによって、空間において不安定な存在となっている。

 つぎは、果物と茶碗。形も独特だが、何よりも目につくのが、その質感である。果物はざらざらとした表皮の部分が拡大されたかのように、細部に至るまで執拗に描かれている。これには、油絵具の持つ独特の粘りが巧く活かされている。それによって、果物を単に写実的に描くのではなく、普段は目にすることの無い、それが持つ不可思議なものを引き出している。そして、わずかに欠けたバーナード・リーチの茶碗。画面中央に位置し、左右の果物群を不可分にしている。

 この静物を描くことで劉生は何を表したかったのか。対象をそっくりに描くことよりは、むしろ調和の取れた構図と非現実的な空間の中で、事物に肉薄し、その内側に秘められた美を引き出すこと。彼自身の言葉を借りるなら「実在の神秘」を追求することである。

 この作品を観ていると、様々な思いが湧いてくる。作品を前に、多くの事を語り合えるものほど、優品だといってよいだろう。こうした素晴らしい作品と出会うために美術館は存在するのだと、しみじみ思う。皆様も、この作品に限らずとも、美術館で自分の好きな作品を見つけていただければ幸いです。

(当館学芸員)

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