アマリリス Amaryllis

2011年度 秋 No.103

研究ノート
蔵書から立ち現れるロダン
南 美幸

 昨年、パリ・ロダン美術館のビブリオテークを訪れた。目的は、オーギュスト・ロダン(1840-1917)が生前に収集していた蔵書、特に古典関連の蔵書の調査である。このビブリオテークには、ロダンやカミーユ・クローデル関連の展覧会カタログや雑誌論文を始め、その他一般書等、25,000件のドキュメントが保管されている。そのうちの1,500件はロダン個人の蔵書である。この数字は、後ほど説明するように留保がつくものの、一個人が収集した書物としてはちょっとしたコレクションと言えよう。ロダンには収集癖があり、書物のみならず、古代ギリシア・ローマ時代の古物や、時代の趣味に呼応したオリエントの作品にも遅ればせながら食指を伸ばしたことは、よく知られている。これらは全て、彫刻家からフランス政府への1916年の寄贈の一部を構成するが、こうした歴史的コレクションには、ロダンが生前捨てずにおいた6万以上もの様々な文書や資料も含まれている。
 現在、1,500件のロダン蔵書の内訳は以下のように分類され、データベース化されている。

 内訳を一覧すると、まず目につくのは、全体の半分を占める「ロダンに献呈された書籍コレクション」である。これらは、同時代の著述家らと親しく交流したロダンの側面を物語るものであり、約10冊以外は、彫刻家が世間に注目され出した1880年代以降の刊行物である。次に、18世紀以前の書物が大部分の「ロダンの古書コレクション」、そして「文学」が続く。刊行年別では、最も古い書籍が1517年、新しいものがロダン没後3年後の1920年である。ここまで整理が進んだのは近年のことで、蔵書を含む資料類の遺産整理が停滞していた歴史については、マチューシの論文に詳しい。ロダンの蔵書がおおよそ特定されたのは没後約10年が経過した1926年で、初代ロダン美術館館長のレオンス・ベネディットによる蔵書遺贈を契機とした。その折、当時の館長ジョルジュ・グラップは2つのゴム印を作らせた。1つは「Don Léonce Bénédite(レオンス・ベネディット寄贈)」、他方は「Livres d'Auguste Rodin(オーギュスト・ロダンの書物)」である。ロダン美術館ではこれらベネディットの蔵書も含めてロダンの蔵書として取り扱っているので、各書物の来歴については今なお不明の点が多いという。
 このように、全てがロダンの蔵書とは言えない可能性があるにせよ、これらはその人となりを把握し、作品を主題から考察する上での一次資料となる可能性もまた秘めているだろう。従来のロダン研究は造形面に重点が置かれがちで、ギリシア・ローマ神話関連のタイトルのついた膨大な作品群の存在と矛盾するが、主題からはあまりアプローチされず、ましてテクストと作品との比較はなされてこなかった。なぜならば、ロダン自身の言葉として、クセルが次のように伝えているからである。「芸術は文学に頼ることなく、思想や想像を示すことができる」
 ロダンと古典との関係については、当時からオウィディウスへの傾倒が指摘されてきた。1880年代からロダンはオウィディウスの世界に近づき、特に『転身物語』の熱心な読者となって、以後そこから着想を得た作品が数多く誕生したことは認められている。しかし、モークレールによれば、ロダンは「文学的な彫刻家」というレッテルを貼られることを嫌ったようであり、またバートレットも次のように彼を擁護した。「彼は自分を取り巻く感情の力から制作するのであり、与えられた名前あるいは定義された主題を手がかりにした訳ではない」。こうした批評家らの表明に加えて、作品名の変更、造形面でも再利用と変容、拡大と縮小、断片とアッサンブラージュなど次々に変化を求める制作姿勢から、主題よりも造形性を重視する彫刻家という見解が有力となる。
 今回閲覧させていただいたのは、蔵書のごく一部である。先に触れたように、主にロダンと古典との関係を探るため、「ロダンの古書コレクション」から、19世紀にパンクックが出版したラテン語-フランス語叢書のシリーズを中心に調査した。中には、切られていないままのページがあるものの、書物によって、人物や建築のデッサンが描かれたものや、自筆の書き込み、アンダーラインやチェックのついた箇所、栞をはさんだページなど、興味深い発見があった。これら彫刻家がつけたと思しき痕跡の多くは、オウィディウスの『転身物語』や『悲歌』に見出され、《アドニスの死》や《蛇のピュトンを征服するアポロン》などの彫刻作品と関連づけられるものである。これらの調査によって、即ロダンを文学なり、著述家なりと結びつけるのは勿論早計である。しかし、こうした蔵書の丹念な調査は、主題よりも造形性を重視する従来のロダン研究に一石を投じる可能性を含むだろう。
 と言うのも、ロダンは主題をなおざりにした訳ではなく、伝統的テーマと革新的な造形表現とを結びつけるべく模索していたことを、筆者は《ケンタウロス族の女》を作例としてすでに拙著で考察した。先に引用したクセルの伝えるロダンの言葉の後には、作品の主題が鑑賞者に働きかける力と、それを可能にする造形力とについての表明が続いている。

この種のテーマでは、思想は容易に解釈されると私は信じる。テーマはそれだけで鑑賞者の想像力を喚起する。それは狭い限界に想像力を閉じ込めるどころか、思いのまま自由に働かせる。そこに、私にとっての芸術の役割がある
 ロダンの蔵書を実際に手に取り、論文「ロダンとオウィディウス」を執筆したグラップが述べるように、蔵書に存在するテクストを丹念に調査・参照することによって、どのようにそれらが作品に昇華されたのか、「ロダンに及ぼした影響の痕跡を明確に再発見できる」のかを、今後もさらに継続検討してゆきたい。
(みなみみゆき 当館上席学芸員)

  • ロダン美術館のホームページにも公開されている。http://www.musee-rodin.fr/fr/documentation
  • マチューシの論文によれば、総冊数は1,800冊。2009. MATTIUSSI, Véronique. "Dans les petits papiers d'un grand sculpteur". Naissance de la Modernité, Éditions du relief, Paris.
  • ロダンは日記や日誌の類を残さなかったため、これらの書物を実際に手に取り購読したか否かは、それぞれ調査しない限り不明である。しかし、書簡では、ホラティウスやクセノフォン、ダンテやヴィットリア・コロンナの名を挙げているし、著書『フランスの大聖堂』ではアイスキュロスやラブレーの名が見られる。またジュディット・クラデルら周囲の伝記作者も、ロダンの読書好き、詩や小説への傾倒について言及している。
  • 1976年、ロダン美術館で、ロダンと同時代の著述家60人との関連性を彫刻・デッサン・書簡などの資料から探った展覧会が開催されたが、蔵書に関する言及はない。1976. Rodin et les écrivains de son temps, Musée Rodin, Paris.
  • 1911. RODIN, Auguste. L'Art, Entretiens réunis par Paul Gsell, Bernard Grasset, Paris. p. 128.
  • 1905. MAUCLAIR, Camille. Auguste Rodin: the man – his idesa – his works, Duckworth and Co., London.
  • 1889. BARTLETT, Truman H. "Auguste Rodin,Sculptor", American Architect and Building News, vol. 25. Farst pub.
    1965. Elsen, Albert E. Auguste Rodin: Readings on His Life and Work, Prentice-Hall, Englewood Cliffs, N.J. p. 68.Rep.
  • 1828-1849. Bibliothèque latine-française: collection des classiques latins, C.-L.-F. Panckoucke, Paris. など。ロダン美術館スタッフによれば、REとRGは概ねロダンの蔵書と考えて差し支えないという。
  • 2008. 「《女ケンタウロス》に見られるロダンのもう一つの革新性」『静岡県立美術館研究紀要第23号』pp.19-37.
  • 1911. RODIN. op. cit. p. 130.
  • 1936. GRAPPE, Georges. "Ovide et Rodin", L'Amour de L'Art, Juin, pp. 203-208.

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