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鵜飼美紀 restless・restful
公開展示作業顛末記


By 李美那(鵜飼美紀展担当学芸員)


 この展覧会では、「新しい美術の生まれる場所を皆さんにも見ていただきたい」という目的のために、普段は休館日などに行っていて見る事ができない展示作業を、公開で行いました。いつもはおとなしい美術館が、この時ばかりはなにやら工事現場の様相。2期に分けて行った公開展示の顛末の一部を、皆さんにご紹介します。

 作業は鵜飼美紀さん自身と、技術をサポートするスタッフ等によって、開館時間に公開で行われました。(ただし、危険を伴う作業や、非情に大きな音の出る作業は、閉館後に行っています。)
 そんなことをしているとは思いもせずに来館されたお客様達は、「一体なに?」「工事中かね」「大きな音がしてる」と戸惑うことしきり。でも中には「こうやって作ってるのねえ」とか、「材料はなに?」と質問する方もいらして、鵜飼さんと直接お喋りを楽しまれた方もいらっしゃいました。皆さん、いつもと違う美術館の様子に戸惑いながらも、怒らずに寛容に見守ってくださいました。


作業を見る来館者。2階廊下の作品を展示前に補修しているところ。

 実際の作業は、平均年齢27・28歳という、おそらく当館としては非常に若い集団での作業となりました。
 頭にタオルを巻いて、Tシャツ姿のお兄さんたちが、魔法の手をもっているスペシャリスト。「これじゃあ作品が壁につかない!」という非常事態を、見事なアイデアと超絶テクニックで切りぬけ、鵜飼さんも私も目をみはるばかりの手際の良さ。人は見かけによらないって本当に本当で、完全に脱帽。日本通運の美術品課から若手No.1の展示のプロも参加して、作業は充実。若いことが技術の未熟さを意味しないということを肌で実感しました。

鵜飼さんと技術スタッフ。右から中里さん、油上君、小沢さん、鵜飼さん。

2階廊下の作品取り付けについて、細部の打合せをする鵜飼さんと衣川さん。

鵜飼さんと衣川さん。

2階廊下の大型作品のとりつけ。手前の青いTシャツ姿は衣川さん。

2階廊下の作品とりつけ。壁に穴を開けてビスで留める。壁の強度と作品のバランスをとりながらの絶妙な作業。中里さんと衣川さん。

2階廊下作品完成。
エントランス名品コーナーの作品の位置決め。

名品コーナーの作品の位置決め。鵜飼さんは作品の周りを何度も行き来しながら、慎重に場所をとっていく。

名品コーナーの作品、床に取り付け。作品の底と石の床の両方に穴をあけ、取り付ける。僅かの誤差も許されない。

名品コーナー展示完了。後ろからライトを当てて、アメゴムを透ける柔らかい光を演出。

名品コーナーの作品。ここは3点で1組。これはミュージアムショップ側に張り出した1点。

第7室の9メートルの作品。展示準備開始。

手前に見える大きな滑車で全体を支えながら、均等な倒れ具合になるように調整。
6枚のパーツからなるこの作品は、まっすぐつなぐだけでも一苦労。水平を出すために繋ぎ目に気を遣う技術スタッフ。手前は岩井さん、ラテックスの向こうは衣川さん。
斜めに倒して展示したいという鵜飼さんのリクエストに答えるため、特殊な金具を上辺に取り付け。
倒れ具合決定。あとはワイヤーを天井から下ろして、正確に作品を支えるように細工。ワイヤーは目立たないように黒く塗った。

展示完了。鵜飼さんが最終チェック。

10月の展示作業のスタッフ。奥の鵜飼さんから時計周りに、油上君、衣川さん、岩井さん、豊泉さん、松下さん。これは最終日の午後11時のショット。皆お疲れ様

 更に、常葉短大菊川の学生油上明君もお手伝い。学校での制作や先輩の卒展を手伝った経験があるとはいえ、随分勝手が違っているようで初めは戸惑った様子。でも2日目には周りのプロの仕事に触発されて、だんだんと自分のできる仕事をみつけだしていきました。誰かが指導するわけではないのに、油上君の動きが日毎にきびきびしていくのが、周りにも判りました。最後はプロのお兄さんたちからも「よくがんばった!」の一言が。

エントランスの作品、位置決めが終了し、保護ビニールをはがす。左が油上君。

2階廊下の作品。展示が終わり、保護ビニールをはがす。左から豊泉君、鵜飼さん、油上君。

 作業は1期と2期に分けて行いましたが、1期は9月初め、2期は10月初めと、作業の間に約1ヶ月の空白期間があります。つまり、鵜飼さんは1期の作業で得た感触を、2期の作業に生かすことができます。1期目の展示結果と経験、お客様の反応を咀嚼して2期の展示作業に望んだ鵜飼さん。2期の作業では、よりのびのびと、自然に呼吸をするように、作業に臨んでいた様子です。

エントランスで作品の位置決めをする鵜飼さん。

エントランスで作品の位置決めをする鵜飼さん。

作品の位置決めをする鵜飼さんと来館者。

 「何度も下見をして、この美術館の空間を把握していると思っていたけれど、実際に作品を置いてみると空間が違ってきた。1期の時は、自分の空間把握のキャパシティーを超えている、と思えて緊張していたと思う。」とは鵜飼さんの感想。

 1期の展示作業ではエントランスホールと2階の廊下がメイン。特にエントランスホールの作品は、正方形の木枠にラテックスを流し込んで作ったものを、床にばら撒いていくというもので、多少歩きにくい空間を作り出すことがテーマの一つでした。

 ようやく展示が終わりかけた頃に「これね、散らかってるね。」「いまから片付けるんだよ」という会話が聞こえてきて、スタッフ一堂「う〜ん…」。つかつかと歩み寄って「これでいいんです!これが作品なんです!」と叫ぶわけにもいかず、「やっぱりわかりにくいよね」「普段の生活の中にはないもんね。こういうモノ。」「でも、違和感があるっていうことは感じてるんだよ。だからああいう感想が出てくるんじゃないの。」「じゃあ、ちゃんと通じてるってこと?」などと、しばしぼそぼそと分析。でも中には、とても熱心に見てくださる方々もいらっしゃって、普段は現代美術になんか全く触れる機会のないだろう方が一生懸命見てくださると、ほっとします。


足元に置かれた作品の解説を熱心によんでくださる方。

9月の時点でのエントランスの展示。10月にはさらに追加作品が現われて、様相が一変。

 ところが、2期の展示作業もすべて終わって、展覧会の全容が姿をあらわした途端、様相が一変。きっかけはロダン館ラウンジから外のデッキを眺めるようになっているガラスの作品でした。
 いつもは閑散としているラウンジに人だかりが…。「きれいねえ」と頷きあう実年のご夫婦。「みてみて、なんか気持ちいいよ」と、わざわざ彼氏をひっぱってくる彼女も発見。これには私もびっくり。エントランスホールでは作品に違和感を感じて、もしかしたら不愉快にすら思っていたかもしれない人も、ここにきて「いいねえ、こういうのも」「これってさっきのゴムの人と同じ人よね」で、一件落着。こむづかしくワカル・ワカラナイを考えるよりも、見てきれいねえ、と思うことの威力の大きさを見せつけられました。

ロダン館デッキのガラスの作品。延々と並べ続けること数時間。

並べたら一つづつ水を入れる。鵜飼さんの後ろはラウンジの中から見学する来館者の方。

足の踏み場もない状態。ひっくり返さないように気を付けながら、一つづつ水を注いでいく。

延々と並べ続けたら、今度は延々と水を注ぐ。

静岡音楽館AOIの小林君もお手伝い。

ガラス器のなかに水を注ぐ。中に小さなガラスをひっくり返して、わざと空気を入れて、沈める。空気が入ることで光の屈折が変わってきらきらと光る。

夜のデッキ。満月の時などは水に月光が輝いて、ぞっとする美しさ。

ガラスの作品に見入る方々。きれいねえ、の声がもれる。
 展示作業としては終了しているのですが、ガラスの作品にはメンテナンスが必要です。これはほぼ2日に1回の割合で現在も進行中。晴れていれば2日で1センチは減ってしまう水を、一つ一つ注ぎ足していきます。
 また、水の腐敗やガラスの曇りを防ぐため、全部のガラスの洗浄も10月25日(水)に行いました。
当日はあいにくの雨で、予定していた午後1時半には作業ができずじまい。そのため、雨の合間を縫って4時半から7時半までの作業となりました。鵜飼さんを手伝ってくれたのは、高校や大学で教えながら作品を発表している若い作家たちが中心。今回の印刷物のデザイナー榊原氏も、打ち合わせに来たはずだったのですが、引っ張り込まれてお手伝いする羽目に。

当日は雨だったため、午後の作業が夜に延期。日が落ちてからの作業となった。

メンテナンス中の鵜飼さん。

油上君の先生の蜂谷さんもお手伝い。

全てのガラスの水を捨て、洗って並べなおし、水を注ぐ。

打ち合せに来たデザイナーの榊原さんもお手伝い。右が榊原さん、左は鳴門からかけつけた内藤さん。

夜のメンテナンス。雨の合間を縫っての作業でした。じょうろだけでは間に合わないので、バケツと紙コップも登場。右から内山さん、油上君、蜂谷さん、鵜飼さん。

閉館時間後なので皆さんにお見せできないのが残念ですが、夜になって、作品の水面に月が映り込むのがこれまたきれいです。デジカメで撮ってみましたが、うまく撮れないのでなんともお伝えしようがないのですが…。

 展示作業を公開するということは、作家にとっては「やりにくい」ものです。高い集中力を必要とする時にお客様の大きな声が耳に入ったり、作品を置く場所を決めるために、誰もいない時を狙いすましてさっと作品を運んだり、いつもなら自由自在に使える時間と空間を、お客様と分け合わなければなりません。でも、いつもは秘密の作業を公開することで、「これって何?」という素朴な質問に答えたり、作る過程を見せてしまうことで作品により近づいてもらえたりします。

 いくつかのハプニングはあったものの、お客様とのトラブルや事故もなく作業が終了しました。歩きにくい思いをしながらも、興味深げに見守ってくださったお客様達に感謝します。そしてなによりも、いろいろな不便を乗り越えてすばらしい展示を完成させた鵜飼さん、それを支えてくださったスタッフの皆さんに、心から感謝します。

担当学芸員
李美那



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