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異彩の江戸美術・仮想の楽園


1997年9月13日(土)−10月12日(日)開催
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伊藤若冲《鳥獣草花図屏風》右隻
「財団 心遠館」蔵
伊藤若冲《樹花鳥獣図屏風》右隻
当館蔵

異彩の江戸美術・仮想の楽園
−若冲をめぐる18世紀花鳥画の世界−

 今回の展覧会は、日本とアメリカに永らく別れて収蔵されていた、二点の屏風の再会をめざして企画されたものである。
 はじめの一点は、静岡県立美術館が収蔵する「樹花鳥獣図屏風」(六曲一双)であり、もう一点は、ロサンゼルスの『財団 心遠館』(現代のアメリカを代表する日本美術のコレクターである、プライス夫妻のコレクション)が所蔵する「鳥獣草花図屏風」(六曲一双)であるが、それらは、周到に計算された鮮やかでかつ綿密な彩色や、「動物づくし」・「鳥づくし」と言うべき異色のモティーフ、そして意味ありげな画面づくりの点で共通する作品である。
 しかし残念なことに、この二点の屏風は、いずれも、絵師や制作の時期や経緯、また伝来に関する文献や資料が残っていないため、それぞれの作画手法や図様について検討してゆく作業が、作品を理解する上で何よりも重要になってくる。
 すなわち、両者はともに、まず、それぞれの画面全体に、縦横約一センチ間隔で細い淡墨線や彩色をほどこした線描(目地に相当する)を引いて無数の方眼(マス目)をつくり、そのひとつひとつに、藍や緑・白・黄土・朱・茶などの色を、同系色で、地色の淡い色調から濃い色調へと段階(変化)をつけつつ彩色してゆくことにより、一種の立体感や陰影を感じさせる手法を用いている。
 そして両者の左右の隻のそれぞれの端に、枝をはった大樹を配するとともに、前庭に大輪の花が咲き乱れる野辺を、また後景に豊かな水辺を配することによって、外の世界から隔絶した、ひとつの特別な世界を形成している。
 さらに右隻には、白象を主軸に、獅子・麒麟・鹿・猿・熊・兎などの各種の動物が、また左隻には、鳳凰を主軸に、鶏・鵞鳥・孔雀・七面鳥・雉・金鶏鳥などの各種の鳥が描きこまれており、その種類の多様さに驚かされる。
 なお、こうした画面づくりの着想や手法については、今後絵画のみならず、染織における多様な技法との関係を考慮する必要があること、また以上見てきた共通点とは別に、両屏風の間に微妙な差があり、その結果、遠近や奥行また陰影などの表現に、質の相違◇◇絵師の資質の相違◇◇が認められることを指摘しておきたい。
 その意味で両者を比較するならば、画面に一種の不統一性をしめす当館本は、〈織物的〉あるいは〈触覚的〉な印象を、また均等でむらのない画面の『心遠館』本は、〈タイル的〉あるいは〈平面的〉な印象を、鑑賞者に与えていると言えるだろう。
 そしてこうした『心遠館』本の性質は、左右の隻の画面の周囲ににそれぞれ施された描表装によって、一層明確なものになっている。
 また、それぞれの画面に描かれた鳥獣の多くが、江戸時代に南国より渡来した珍しいモティーフである一方、仏画や中国の絵画における、伝統的なモティーフであることが注目される。
 すなわち、画面に描かれた象や双峰駝(フタコブラクダ)また火喰鳥などの異国の珍獣や奇鳥が、江戸時代に、長崎を通じてもたらされたことが知られている。
 その一方で両屏風の主要モティーフである白象は、「普賢菩薩象」(12世紀中頃 東京国立博物館 国宝)にみるように、王朝貴族の篤い信仰をあつめた普賢菩薩の乗り物であり、また鳳凰は、古代の中国で、天下太平の世に出現するとされた想像上の瑞鳥である。
 また麒麟や鶴も吉祥や長寿のしるしであることから、これらの画面には、江戸中期における「異国趣味の鳥獣のモティーフ」と「伝統的な鳥獣のモティーフ」、すなわち、当時における、さまざまな新旧のシンボルや思想がちりばめられていると言えるだろう。
 こうした他に例を見な作画手法や、まさに「過密」と「静寂」・「奇想」と「爛漫」・「象徴」と「吉祥」と言うべき、作為にみちた画面づくりの故に、静岡県立美術館と『財団 心遠館』の二点の屏風はともに、基本的には「花鳥図」であるものの、言わば「仮想の楽園図」としての性格をしめしており、また江戸時代を代表する個性派の画家・伊藤若冲(1716〜1800)との深いかかわりのなかで制作された作品として、近年各方面から注目されている。
 その意味で、確かにこれらの屏風は、制作や伝来にかかわる具体的な資料を残していないものの、江戸時代の豊かな美術の世界を伝える魅力にあふれた作品と、言えるのではないだろうか。


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