うつ伏せで、頭部と両足を上にのけぞらせ、放心したように両手で頭を抱え込んだ女性。その上に仰向けになった男性は、両腕で女性にしがみついているが、今にもずれ落ちそうに不安定である。この作品は、ふたりの人物像のアッサンブラージュによって構成され、特に男性像のポーズは、より古い作品の《放蕩息子》からの転用である。
タイトルの《フギット・アモール》は、ラテン語で「逃れ去る愛」を意味する。決して正面から向かい合うことのない一対の男女の主題は、ダンテの『神曲・地獄篇』に謳われた、不貞の罪で地獄に落とされた「パオロとフランチェスカ」に密接に関連している。《地獄の門》の右扉には、男女の上下の関係を逆にした《フギット・アモール》が、中央と右下に2回姿を見せている。 |
《フギット・アモール》 |
この作品は、1887年にジョルジュ・プティ画廊で展示されたのを皮切りに、大きさと材質、そして台座の処理が異なる多数の作例が制作された。当館の《フギット・アモール》は、1900年のパリ万国博覧会に合わせてアルマ広場で開催された、ロダンの大回顧展に出品された歴史的な作品である。それまで大規模な展覧会には、石膏像やブロンズ像を出品することが多かったロダンだが、アルマの個展では多数の大理石作品を出品した。
ロダンは、尊敬するミケランジェロが大理石を彫る人だったのに比べ、基本的に塑像の人だった。19世紀後半の彫刻家のアトリエでは、制作工程の分業化が進んだ結果、大理石の制作には、彫刻家の原型を忠実に再現する下彫り工の存在が欠かせなかった。大理石は女性の肌の肌理や肉体の曲線を表現するのに適した素材である。この作品では、滑らかに研磨された人物像は、粗彫りのままの台座との対比によって、一種の官能性を得ている。ドラマティックで独創的なふたりの人物像は、奈落の底へとまっさかさまに墜落する姿なのか、あるいは永遠に空中を浮遊し飛行する苦悩の姿なのだろうか。 |
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