(1)秣小屋。ロストラ[演説用基壇]はここに位置していた
(2)他の[ロストラのあった]場所、後に皇帝によって[他の場所に]持ち去られた
(3)サン・テオドーロ聖堂、ロームルスとレムス[の像]はここで発見され、テーヴェレ河に近いこの場所からフイーコ・ルミナーレに運ばれた
(4)皇帝宮殿の遺構のあるパラティーノの丘
(5)サンタ・マリア・リベラトリーチェ聖堂
(6)ジョヴェ・スタトーレ神殿の柱
(7)全て東方の花崗岩製の、非常に大きな泉。[マルクス・]クルティウスの裂け目はここにあった
(8)アヴェンティーノの丘
(9)クロアカ・マッシマに流れ込む水道。これらの部分はみな、殊にロストリは記憶に値する。例えばここで、人は市民に向かって弁明を行ない、マルクス・アントニウスによってカエサルの血まみれの衣服が曝され、キケロの首や手がそうされたように、殺人者の首、もしくは追放者がここで曝されたのである。つまるところ、この付近でローマ市民の間の血腥い事件が続くのである
22《フォロ・ロマーノの一角》
原題名
古代のフォロ・ロマーノがあった、シトの景観
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