樹花鳥獣図屏風伊藤 若冲

樹花鳥獣図屏風

右隻には白象を中心に獅子・麒麟・鹿・猿などの動物、左隻には鳳凰を中心に鶏・孔雀・七面鳥・錦鶏鳥などの鳥類と、霊獣や異国の動物を含めた多様な生物が描き込まれている。よくみれば、画面全体に縦、横それぞれ約1センチ間隔で淡墨線を引いて無数の方眼(正方形のマス目)をつくり、その一つ一つに、青・白・黄・赤などを淡彩で施し、さらにその上に同系色のやや濃い色を重ねるという、驚くべき技法で描かれている。現在「枡目描き」と呼ばれるこの描法は、日本絵画史上、極めて稀な表現で、「白象群獣図」(個人蔵)において伊藤若冲が使用していたことから若冲考案による描法と考えられ、「樹花鳥獣図屏風」も若冲が制作に関与したとみられている。
この「枡目描き」の秘密に迫るべく、2025年にTOPPAN株式会社の協力で行われた三次元計測によって、「樹花鳥獣図屏風」の「枡目描き」では、方眼内の絵具が盛り上げられ、さらにモチーフによって絵具に高低差がつけられていることが明確となった。つまり、絵具の凹凸までも絵画表現として利用されていたという、枡目描きの新たな知見を得ることができた。

作品上でのマウス操作、またはタッチ操作で超高精細画像をご覧頂けます。細部にも注目しながらお楽しみください。

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凡例 Scroll

  • 当コンテンツは、高精細カラー画像と、3次元計測画像からなります。
  • 高精細カラー画像は、本屏風をデジタルカメラで分割撮影をした後、合成して得たものです。
  • 3次元計測画像は、本屏風を3次元計測して取得した点群データをメッシュ化(ポリゴン化)し、レンダリングして得たものです(ライトには平行光を使用)。
  • 3次元計測データに対して変形等の編集はしておらず、計測結果をそのまま使用しています。そのため、鑑賞の際は下記の4点に留意が必要となります。
  • 拡大時にみえるザラつきは、計測ノイズに起因するもので、絵具の粒子とは異なります(図1)。
  • 部分によって解像感が異なっていますが、計測しやすい色とそうでない色との影響です(図2)。
  • カラー画像と計測データ画像とにズレがありますが、分割撮影や、撮影レンズによる歪みと計測精度の差異などに起因するものと考えられます。
  • 色面の輪郭部分で、計測機の感度に対して濃淡差が極端に大きくなる部分(白と黒や濃赤、濃黄などとの境界部分)では、計測に伴うエラーがみられます。主に、存在しない凹みとして表れていますが、画面に凹みはありません(図3)。
  • 図1 計測ノイズによるザラつき
    図1 計測ノイズによるザラつき
  • 図2 色が異なる部分による解像感の差
    図2 色が異なる部分による解像感の差
  • 図3 計測エラーにより凹んでいる部分
    図3 計測エラーにより凹んでいる部分

伊藤若冲

正徳6年(1716)、京都錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれる。父の歿後に家業を継ぎ、40歳で次弟に譲るまで主人を務めた。
絵画学習は、はじめ狩野派を修めた師につき、模写を通して中国絵画を学んだのち実物写生に至ったという。濃彩の緻密な花鳥画を得意とし、宝暦8年(1758)頃から約10年をかけて完成させた「動植綵絵」30幅(皇居三の丸尚蔵館)は特に名高い。並行して水墨画もよくし、初期の代表作として鹿苑寺大書院の障壁画がある。
信心深い仏教徒であり、相国寺の僧で詩人の大典との交友が知られ、のちには黄檗僧伯珣に参禅して僧号と僧衣を授けられている。天明8年(1788)の大火で焼け出されたのち、しばらく大坂に滞在、この地で後期の着色画を代表する「仙人掌群鶏図」(西福寺)などを残す。晩年は深草の石峯寺の門前に隠居し、水墨画を中心に作画活動を続けた。寛政12年(1800)没。