アマリリス Amaryllis

2008年度 冬 No.92

美術館問はず語り
お茶がつなぐもの

奇想の江戸挿絵の表紙画像 静岡県立美術館には茶畑があります。いかにも静岡らしい話ですが、美術館へ向かう彫刻プロムナードの一画、佐藤忠良《みどり》に見守られるように、その「杉山彦三郎記念茶畑」はあります。杉山彦三郎(1857-1941)は、茶の品種という概念が普及していなかった明治時代に、独自の研究を続け、苦労の末に優良種“やぶきた”を生み出した人物です。その試験畑があったのが現在美術館が建つ谷田の地であり、記念茶畑には、彼が世に送り出した選抜品種のうち13種類の貴重な茶原木が植えられています。

かつては一面が茶の試験場で、「杉山彦三郎記念茶畑」、「やぶきた原樹」(県指定文化財)にその歴史をとどめる谷田の地は、農家の方の言葉を借りれば“茶の聖地”なのだそうです。しかし、静岡の歴史、文化にとって意義深いはずの記念茶畑は、一時管理が行き届かず枯れる寸前だったといいます。保存会の方々の尽力でなんとか永らえている状態でしたが、約3年前、当館ボランティア有志の皆さんが、あるきっかけから記念茶畑の意義を再発見し、草取り・施肥から保護育成のネットワーク作りまで、茶畑を守るお手伝いをするようになりました。今では茶摘みができるほど勢いを盛り返し、この茶葉を使った折々の茶会で来館者をもてなせるまでになっています。「草薙ツアーグループ」として継続的な活動を始めた皆さんは、地域と美術館とを結ぶことを目標に、その象徴としての記念茶畑の育成と継承に情熱を傾け、目覚しい活躍を続けています。

周辺地域との関わりが希薄だった静岡県立美術館が、地域連携の大切さに気づき始めたころ、それと呼応するように、ボランティアさんが地域と美術館との架け橋として新たな活動を始め、それと同時に、土地の記憶が刻まれた「杉山彦三郎記念茶畑」は息を吹き返しました。地域とともにある美術館、その象徴として、甦ったお茶畑が末永く健やかに葉を繁らせ、美術館と美術館を訪れる人々を見守ってくれるよう、大切にしていきたいと思います。
(当館学芸員 森 充代)

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