ロダンとその作品の発注者との確執は、《カレーの市民》をはじめ、ロダンの制作につきものだった。彼の発表する作品は、その先駆性からいつもスキャンダルを巻き起こした。《バルザック》像は、1898年のサロンに出品され、「牛肉の塊」「失敗作」などと酷評を浴びせられ、擁護したのはわずかな批評家だけだった。結局、発注者である文芸家協会は、この像の受け入れを拒否した。 |
《バルザックの巨大な頭部》 |
《裸のバルザック》
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ロダンは《バルザック》像の制作にあたって、残された資料や写真などをもとに、バルザックの真実の姿に迫ろうとした。そして身体の特徴を探るため、バルザックの生まれ故郷トゥールに出かけて、仕立屋に作家の体格にあった同じ寸法の服を作らせた。こうして、数多くの習作、試作が作られ、最終的にフロックコートを着て、身体を少し後ろに反らせ単純化された像が完成する。当館が所蔵する《裸のバルザック》は、最終の習作で、これにコートを着せて完成作ができ上がった。また、《バルザックの巨大な頭部》も、同じく完成のための最終習作で、凹凸にとんだ肉付けが誇張され、深くえぐれた眼と突出した襞による頭髪が、バルザックの精神を表している。 |
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