名誉、金銭、愛に対する欲望や永遠の若さへの渇望。そして、その業の深さゆえに生まれる妬みや苦しみ。人間の欲望と、欲望への誘惑は、今も昔も尽きることがありません。
こうした人間の弱さ、すなわち人間が欲望に誘惑され、それに抵抗あるいは敗北する姿は、西洋では『聖書』における人間の原罪に端を発しています。神と悪との戦いというキリスト教的発想に基づくこのテーマは、近世以降、ミルトンの『失楽園』、ゲーテの『ファウスト』など、優れた文学作品を生み出しました。文学に表現されたこの主題は美術家に刺激を与え、文学と視覚芸術とが結びついたひとつの系譜を形成してきたと言えます。
この展覧会は、人間の「欲望への誘惑」をキーワードに、文学と芸術とが一体となった版画作品を展観する試みです。視覚芸術の分野では、特に18世紀後半から19世紀半ば頃にかけて、ロマン主義の作家たちによって文学的主題が図像へと盛んに翻訳されました。
本展はイギリスとフランスの作家たちに焦点を当て、次の4つのテーマによって構成します。
1.『失楽園』
2.『聖書』
3.『ファウスト』
4.シェークスピア
彼らがひとつの版の中で刻んだ光景は、技法は異なるものの、情熱に満ちた独自の光と影の世界を演出しています。同じ文学作品を主題にしていても、その描写と解釈は作家によって全く異なり、「挿絵」という世界の広がりを示しています。「誘惑」をキーワードに展開される、劇的なモノクロームの迫力に満ちた、さまざまな人間ドラマをどうぞお楽しみください。
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