アマリリス Amaryllis

2011年度 秋 No.103

美術館問わず語り

  「富士山とススキが背比べしている。」当館所蔵《秋富士》(東山魁夷)を見て、ある小学校4年生がつぶやいた言葉です。ススキといえば秋の山村の風景にかかせない植物の一つ。以前、中学校の理科の先生に【ススキとセイタカアワダチソウの勢力戦争】の話をうかがったことがあります。セイタカアワダチソウ(背高泡立草)は、明治時代末期に北アメリカから持ち込まれたようで、萩の代用品種として切り花やすだれの材料に使用されていたそうです。自生が目立つようになったのは第二次世界大戦後のことで、土壌肥料成分(モグラやねずみの排泄物)の豊富な土地で、アレロパシー(周囲の植物の成長を抑制する化学物質)を根から分泌し勢力を拡大していったのだとか。近年はモグラやねずみの駆除と自らのアレロパシーの影響などによりススキとの勢力争いは五分五分といった様相を呈しています。この理科の先生から授業を受けた中学生は、この絵を見て、セイタカアワダチソウではなく、ススキが描かれていることに着目し、日本の自然観や情緒へと目を向けていってくれることが期待できます。外国の文化は大好きですが、このときばかりは日本の象徴である富士山と背比べしているのがセイタカアワダチソウでなくてよかったと、私は思うのです。
 富士山の日、小中学生に《三保松原図屏風》を見てもらったあと、砂子蒔きを体験してもらったときのことです。「七夕の歌に出てくる『・・・美術館問わず語り金銀砂子』の砂子だよ。」と説明してもほとんど反応がありません。それもそのはず、参加した子供達は誰一人として七夕の歌【たなばたさま】を知りませんでした。しかし、七夕は元来、奈良時代に中国から伝わった行事が日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれたものという説が有力で、これ自体、外来種あるいは帰化という性質のものなのかもしれません。奈良時代の皆様は、どんなふうに受け入れたのでしょう。【たなばたさま】は、きっと七夕の時節に家庭で祖父母世代から聞いて自然と耳に残る歌であったはずです。それが、いつしか【たなばたさま】は学校で教わる歌になったのでしょう。星空を見上げながら歌う【たなばたさま】が、音楽室で元気よく歌う曲に変貌した時点で、作詞をした権藤はなよ氏、林柳波氏の思いは少し薄らいでしまったのかもしれません。
 こんな場面に出くわすたびに、美術館で行う教育普及活動の可能性について自問自答してしまいます。
(当館学芸課主査 鈴木雅道)

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