アマリリス Amaryllis

2011年度 夏 No.102

美術館問わず語り

 私事ですが、昨年秋に出産しました。学芸員という職業柄、他の美術館やギャラリーの展覧会を見ておくことは、必要不可欠。以前は、休みになると、時には泊りがけで、展覧会をはしごして回っていました。途中、他館の学芸員と何度かすれ違うこともあったりして。妊娠後はさすがに同じペースでは回れなくなってしまいましたが、それでも妊娠9ヶ月を過ぎた頃、どうしても見逃せない展覧会見たさに、猛暑の中大きなお腹を抱えて、大阪と三重の美術館に日帰りで行きました。しかし、出産後は事情が一変。産後数ヶ月は、子がふにゃふにゃで子連れでの遠出は到底できませんし、かといって子を家の者に預けて一人で外出というわけにもいきません。子が4ヶ月になる頃、神奈川で見たい展覧会が開かれていて、会期終了日の朝まで行くかどうかぐずぐず悩んだ末、泣く泣くあきらめました。自分の意思にまかせて気ままに行動することができなくなったわが身の状況を改めて思い知らされたのでした。思い返せば数年前に当館で開催した「風景ルルル」展の会場で、某美術館の女性学芸員が、まだ幼いお子さんを乳母車に乗せて見に来ている姿をお見かけし、感心したものでした。その時は、自分が同じ立場になるとは想像もしていませんでしたが。
 産後はじめて見に行った展覧会は、東京オペラシティーの曽根裕展でした。会期最終日に、6ヶ月を迎えた子を抱っこ紐に入れて、一路、東京へ。新幹線に乗り込んで間もなく子が泣き始め、周りからの視線が集中。で、とりあえず廊下へ移動。泣き止まないので、乗務員に授乳できる場所を聞いたところ、車両5つぐらい跨いだ「多目的室」へ案内され、泣き叫ぶ子をあやしながら早足に車内を移動しました。山の手線では、見ず知らずの女性が手荷物を持ってくれたり、若者が席を譲ってくれたりと、人の優しさに触れる小旅行となり、見終わった後、もう一つ別の展覧会もついでに、とも思いましたが、「また今度」と思い直し、曽根展の余韻を胸に、いつもより少し早めに帰静しました。
(当館上席学芸員 川谷承子)静岡

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