新潮社、2005年
「サンドロの絵の世界は、私の眼には、この世で眼のあたりにしうる奇蹟そのものにほかならなかった。」
ルネサンス期の花の都フィレンツェが辿った栄光と没落。その軌跡を、老いた私塾の古典語教師フェデリゴが、幼馴染の画家サンドロ・ボッティチェリの生涯と作品に重ね合わせて語る回想記である。美を愛し、我が町をどこよりも美しくと願うメディチ一族の経済的繁栄を背景に、大輪の花を咲かせたフィレンツェの芸術は、やがて狂信者サヴォナローラとその教えを受け入れた市民の台頭とともに、市民自らの手で打ち壊されてゆく。
フィレンツェの美と精神を体現したボッティチェリへの、そして我が町の失われた美と繁栄への惜別を、一市民の視線で謳い上げたこの大作は、1972年から4年間雑誌『新潮』に掲載され、この4月には中央公論新社から文庫本が出版された。
(当館主任学芸員 南 美幸)