アマリリス Amaryllis

2008年度 春 No.90

研究ノート 「博物館実習について」 村上 敬

本稿では「博物館実習」を題材としてとり上げるが、わが国において「博物館学」が誰にとっても自明な学問領域として確立しているわけではない(少なくともほとんどの博物館学の教科書はそれを前提としている)現在、なぜこれを「研究ノート」で取り上げるのか、と疑問に思う向きもあろう。これに対し筆者は、「博物館実習」に何らかの社会的意義を認め、その実現のために体系化されたカリキュラムを設定し実践していくための考察は研究の名に値する、という前提のもとに話をすすめていく。とはいえ、筆者の能力と紙幅は限られている。本稿では博物館実習についての博物館員・大学教員の考察を参考に博物館実習の現状を検討するが、全体としては改善のための予備的考察に留まることを了承されたい。
さて、そもそも「博物館実習」とは何か。これは、学芸員資格の認定のために必要な必修科目のひとつ(3単位)であり、「博物館の現場で学芸員の実際の仕事を目の当たりにし、資料の取り扱い等についての実地体験をする場」とおおむね理解されている(当館でも、例年、大学の夏期休暇期間中の7月末から8月上旬にかけ、約1週間の日程で10名前後の大学生を受け入れている)。また、博物館サイドからは見過ごされがちだが、3単位のうちに、大学での実習前後の指導1単位を含むことも定められている。
なお、実習内容についての法的規制はなく、資格認定の一要件でありながら極めて自由度が高い。実質的には「大学側が博物館とみなす施設で実習と呼べるようなことをすればよい」という程度の規定である(博物館法施行規則第一条参照)。それでは、この自由な実習枠をどのように使っていけば大学(実習生)・博物館・これらの設置主体としての社会のいずれにもメリットとなりうる実習ができるのだろうか。

これについて筆者の意見を述べる前に、既存研究から抽出される博物館実習の問題点を紹介したい(紙幅の都合で個々の出典については略し、論者の例を挙げる)。
まず、大学の博物館学教員の論考に見いだされる博物館実習の問題点。

(1)受入先の確保が困難
これは、学芸員資格を取得できるコースを持つ大学が増えていること、資格取得希望者が増えていることに端を発する問題であり、大学教員のほとんどがこの問題に触れている。希望者全員が実習を受けられないことを前提に、「実習生の公平な選抜の難しさ」という論点に発展しているものもある(八木聖弥など)。

(2)実習内容のあいまいさ
実習の詳細についての規定がないため、内容が館任せになっていることを問題とする論者も多い。実習を依頼する立場ゆえの遠慮もあり、カリキュラム編成に大学の独自性が出せない、と考えられている様子がうかがわれる(山本哲也、中村浩など)。

(3)大学博物館設置・運営のコスト
これは博物館員である筆者からは意外な論点に思われたが、大学で博物館学を担当している教員の多くは、(1)(2)の問題を解決する手段として大学博物館利用による学内実習を理想と考えている(これについては、平成8年に学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会より出された報告「ユニバーシティ・ミュージアムの設置について」の影響が大きいと思われる)。もちろん、「実習のための博物館」ではいけない、という理解も示されてはいるが、大学博物館があれば実習にまつわる問題のいくつかは解決するが、それにはコストがかかりすぎる、という認識は博物館学の教員の間で共有されている(八木聖弥など)。

続いて、博物館サイドからみた実習の問題点。これについては、玉蟲玲子「今日の「博物館実習」を考える」(『静岡県博物館協会紀要』18号、1995)が問題点を手際よく整理している。指摘されている問題の多くは現在でも解決されておらず、(残念ながら)今日でも多いに参考になる。

(1)大学側の要望が不明
「雑用でもなんでもやらせてください」的な依頼が多く、カリキュラムについての具体的な要望が聞こえてこないため、非常にやりにくいという意見は多い(玉蟲玲子、中谷伸生など)。

(2)実習生のモチベーションが資格修得に傾いている
現今の就職事情からみて、資格取得者に対する学芸員のポスト数が少なく、ほとんどの学生は学芸員になるというモチベーションをはじめから持たないため、実習に対する一定の理解は示すが、それ以上のものがみえない(玉蟲玲子など)。

(3)館務の負担となる
みずからの来し方を考えると受入を無下に断ることはできないが、少ない人員でまわしている館などではとくに夏の時期に実習生を受け入れることが業務上の負担になっていることがうかがわれる(玉蟲玲子など)。

以上、大学教員および博物館員の考える問題点を抽出したが、これらに共通する根源的な原因として玉蟲は、大学・実習生・博物館の円滑な連携がなされていないことを指摘している。それはまさにその通りなのだが、それで本稿を閉じるわけにもいくまい。

ここで参考になるのが木下達文(京都橘女子大学)「博物館実習等に関する新たな兆し」(『全博協研究紀要』第7号、2002)である。まず木下は、学芸員に求められる仕事が従来よりも拡大している現状を指摘する。「生涯学習推進施設としての博物館」への要請が高まるにつれ、「エデュケーターの役割」「ボランティアおよび友の会、地域研究者等々の要求にも柔軟に対応できる」役割、「新たな事業企画のできる企画プロデューサー的職種」が学芸員にも求められているというのである。にもかかわらず、「従来型の実習はいわばレジストラー、コンサーベータ養成のための実習に近く、そろそろ多様な職種に対応する実習のあり方を考える時期に来ているように思えるのである」と木下は指摘している(念のために補足しておけば、木下は「博物館が「モノ」を中心としているのは、これまでも、そしてこれからも変わることはないであろう」という手堅い認識をも示している)。
博物館の専門職員を現状のように「学芸員」として一本化しておくべきか、欧米のように職種ごとに分化させていくべきか、という問題は一朝一夕に結論づけることは難しいが、実習内容を博物館への時代の要請に合わせていくべきだという木下の指摘は傾聴に値するものであろう。

さて、今後の博物館実習は、学芸員に求められている多様化した役割に対応するものとすべきだろうか。あるいは学芸員有資格者のほとんどが学芸員になれない現状と、学芸員の仕事は結局のところ経験に導かれるOJT的要素が強いことを勘案し、むしろ積極的に「学芸員にならない人のための博物館実習」を考えていくべきなのか。筆者の現在の手応えは後者に近い(あるいは前者と後者の両立の可能性を求める)が、いずれにせよ、法制上あいまいな実習の目的を明確化して行く必要はある。この点での文科省のリーダーシップが望めない以上、玉蟲の指摘するように、博物館学教員や学生の要請をよくくみ取り、実習に関わる人々がwin-winの関係になれるような連携を考えていく必要があろう。

紙幅が尽きたので詳述は避けるが、年度ごとにテーマを設けて実施するここ数年の当館の博物館実習はなかなかに優れた提案であると自負できる(筆者の考案ではないが)。今後は関係各所との連携に努め、博物館実習ブラッシュアップの方途を探りたい。
(むらかみ たかし 当館学芸員)

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