静岡県立美術館は、17世紀以降の東西の風景表現や、静岡県ゆかりの作家、作品、20世紀以降の美術の動向を示す作品などを、作品収集の柱としています。昨年度は、3点の日本画を購入し、20件の現代美術作品の寄贈を受けました。このうち日本画については、前号の『アマリリス』96号でお知らせしましたので、ここでは現代美術作品について、ご紹介したいと思います。これらの新収蔵品は、「Newコレしずおか」展(4月1日〜5月16日)でお披露目されます(会期中展示替えがあります。また出品されない作品もあります)。
まず、静岡県出身の二人の作家から、作品を寄贈いただきました。中村宏氏は1932(昭和7)年、浜松市生まれで、戦後の現代美術を牽引した代表的な画家の一人です。《車窓篇 TYPE4》は、氏が一貫して取り組んでいる窓と絵画との関係を検証するシリーズの一つです。《早来迎機・1》は、運動する機械をモチーフにしたもの、《鉄道ダイアグラム E》は、鉄道の運行表を図式化したダイアグラムをもとにした作品です。いずれも絵画とは何かという根源的な問題を、きわめて理知的に探求した作品です。
柳澤紀子氏は1940(昭和15)年、浜松市生まれで、東京藝術大学で駒井哲郎教室に学びました。ご寄贈いただいた作品は、氏の代表作「水邊の庭」シリーズの版画作品10点とミクスドメディアの作品1点です。浜名湖のほとりから世界各地の水辺の風景を着想源としながら、人と水、人と文明の関係を、傷ついた身体をモチーフに描き出しています。
二見彰一氏(1932〔昭和7〕年生まれ)は、アクアチントという銅版画技法の第一人者です。氏の生涯にわたる全版画作品約400点の中から、選りすぐりの100点と版画集4冊を、一括してご寄贈いただきました。当館で1990(平成2)年に開催された「静物−ことばなき物たちの祭典−」展に参加いただき、それがご縁となりました。アクアチント特有の美しいグラデーションと、青を基調とした清明な色彩の世界が、見る人を魅了します。
正木隆氏(1971−2004〔昭和46− 平成16〕年)の作品2点と、小谷元彦氏(1972〔昭和47〕年−)の作品3点は、今日の現代美術の動向をよく伝えてくれるものです。正木氏の《狭山9月》と《造形01−14》は、孤立する現代人の姿や、希薄な人間関係を描いています。どちらも深い青色の空間によって、押し込められ、あるいは包まれているように見えます。高度経済成長を遂げたのちに閉塞した20世紀末の象徴的な風景表現と考えることも可能でしょう。正木氏は不幸にして早世しましたが、ご遺族や関係者の尽力により、遺作が各地の国立や県立の美術館へ収蔵されました。
小谷元彦氏は、2003(平成15)年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本館代表に選ばれるなど、国内外でめざましい活躍を見せている作家です。恐怖、痛み、不安、皮膚感覚など、心理や神経につながる現象や感覚を、ジャンルを問わない多彩な手法で表現しています。今回収蔵した3点《SP1Beginning(The Whorl of Lanugo01)》《02》《03》の題名を直訳すると、「彫刻プロジェクトシリーズの始まり(産毛の渦巻き)」というような意味で、胎児の柔らかい産毛と皮膚の触感が、無数の固く痛々しいアルミニウム製の針で表わされています。これら3点は、静岡市在住の現代美術の収集家からご寄贈いただきました。
(当館主任学芸員 堀切正人)
中村宏《車窓篇 TYPE4》
1977−90(昭和52−平成2)年
柳澤紀子《水邊の庭I '01》
2001(平成13)年
二見彰一《遠い国》
1968(昭和43)年
正木隆《狭山9月》
1999(平成11)年
小谷元彦《SP1 Beginning(The Whorl of Lanugo01)》
2007(平成19)年