アマリリス Amaryllis

2010年 夏 No.98

富士ひとつ埋(うづ)みのこして —新任の御挨拶—

 私は本年4月1日、本館館長に任じられ、この丘の上の桜ほころぶなかに着任しました。

 県知事川勝平太氏からの突然の、直接の御指名でしたので、はじめは少々狼狽しました。だが、美術館、博物館というのは、大学ほど大袈裟な組織ではなく、大学よりもずっとコンパクトで、効率よく、たのしい面白い仕事場だとは知っていましたので、お引きうけすることにしました。それに静岡県美には、1986年春の開館記念「東西の風景画」展に大学院生十数名を引き連れて見に来て以来、なんどか参上し、ひそかなあこがれをさえもっていました。
 着任してみると、すぐに「伊藤若冲 アナザーワールド」展。これは私にとって幸運なめぐりあわせでした。若冲は、彼が卓抜な画家であることはいうまでもないとして、私の昔からの18世紀日本比較文化史研究のなかで大事なチャンピオンでもあったからです。西福寺の《仙人掌群鶏図》の襖絵など、1972年以来ひさびさの再会で、あの重い金箔の光のなかに見得を切る群鶏や突き出したサボテンの緑の美しさに、またあらためて心を奪われました。
 本館の学芸員たちはみな古今東西の美術のあちこちに好奇の眼を向けて勉強熱心、副館長以下総務課の職員たちもみなてきぱきとしていて仕事熱心—そのことは着任直前に前館長宮治昭さんにお目にかかったときに、すでに聞いておりました。他の公私立美術館の関係者たちからもよく聞かされておりました。
 この人たちとこれから力をあわせ、切磋琢磨して、充実したよい企画を立てて実現し、館外への普及活動もさらに活発にして、静岡県内外の美術愛好の方々の御期待にこたえてゆきたいと願っております。その先にこそ、藝術の国日本のすがたが、まるで富士山のように立ちあらわれてくることでしょう。これから、なにとぞよろしく。

富士ひとつ埋(うづ)みのこして若葉かな  蕪村
(当館館長 芳賀 徹)


館長の新刊書をご紹介します

『藝術の国日本−画文交響』 角川学芸出版 2010年2月

『藝術の国日本−画文交響』の表紙画像 (内容紹介 − 本書「あとがき」より)
長短さまざまに、瀟湘八景の昔から古今、新古今、また俵屋宗達の時代をへて、徳川日本の洋風画、明治・大正・昭和・平成の日本画、洋画、また詩文にいたるまで、興のおもむくままに語り、論じた論文とエッセイ集。

 本書の装画には、館長のご友人で画家の故今井俊満氏が、「君の本の装丁に使えよ」と描き残してくれていた墨絵抽象の2枚を用い、表紙には海上雅臣氏の許しを得て井上有一筆の「徹」(著者蔵)の一字をあしらっている。

このナンバーの号のトップ

前のページヘ次のページヘ