収穫の喜びにみちた農村風景。猿まわし見物や酔って踊に興じる農民たちの姿が、躍動感ゆたかに描かれている。新発見の屏風で、抑制された筆墨によって人物のさまざまな姿態が的確にとらえられており、速度ある大胆な筆づかいによって樹木や竹が伸びやかに表わされ、活力にみちた画面が生み出されている。安信は狩野探幽の弟で、跡継ぎのいなかった狩野本家に養子に入り相続、江戸幕府の御用絵師として活躍した。墨のあつかい、画面構成、落ち着いたムードなど、安信作例中、出色の優品である。
《猿曳き・酔舞図屏風》
17世紀(江戸初期)
153.0×358.4cm
紙本墨画淡彩
六曲一双屏風
前景から遠景まで奇岩を連ね、高さを強調した画面構成や、細かなタッチを積み上げて岩の量感を表わす手法は、室町時代の山水画と共通するもの。右下「古図をもって法眼栄川これを画く」の款記からみても、室町復古の意図をもって描かれたものと目される。驢馬にまたがって散策する文人、東屋から滝を眺めやる文人など、自然と人間との交歓がしめされ、金泥の霞がそれを祝福している。筆者狩野栄川は幕府奥絵師=木挽町狩野の第六代で、明治時代の岡倉天心は「栄川の巧緻」と彼の技術を称賛した。
《山水図》
1762-80(宝暦12-安永9)
118.0×44.1cm
絹本墨画金泥 掛幅装
早暁の富士、東の空がほのか仄かに明らみ、それを受けて山頂は紅色に染まり、やがて裾にも鮮やかな色彩が広がる。厳寒の空は澄明さを増し、微妙な階調を呈している。斜面にみられる凹凸をも巧みに表わし、山頂と稜線とのバランスもよく、富士は一層壮麗にみえる。山梨県富士吉田市での写生を試み、冬の早朝にみられる一瞬の自然の光景を見事に捉え、その新鮮な感覚を失うことなく、画としての完成を果たしている。匠気を持たず、富士を描き続けた作者が到達した画境を窺わせる作である。
《富士》
1918(大正7)年
60.6×80.3cm
キャンヴァス、油彩
赤城は、明治22年、駿東郡長泉町中土狩に生まれた、静岡県ゆかりの画家である。彼と水彩画との出会いは、明治38年、大下藤次郎の『みづゑ』をみたことに始まる。
本作は、疎開先の埼玉県折原で描いたもの。早春の澄明な山の空気、余寒のまだ厳しい快晴の空、白い綿雲が巧みに表されている。右方には、蒸気機関車が白煙を吐きながら、ゆっくりと進んでおり、どこかノスタルジックな感じがする。伝統的な透明水彩とグワッシュ(不透明水彩)を併用し、豊かな色彩によって画面を構成している。
《雲(折原)》
1945(昭和20)年頃
38.2×56.7cm
紙、水彩
《びわ湖の舟》 1957(昭和32)年頃 145.0×97.0cm キャンヴァス、油彩 昭和30年代はじめに、日本画の強い線を意識し始めた島戸は、蜆(しじみ)取り舟を題材とした新たな作風を開拓した。本作は、現場での写生を行い、透き通った緑色の穏やかな湖面に、高所から見渡された舟が浮ぶ。堅実な描線と白、黄色といった作者独自の鮮明な色彩によって捉えらており、当時の琵琶湖の風景がしのばれる。 |
《静かな漁港》 1959(昭和34)年頃 53.0×45.7cm キャンヴァス、油彩 本作は、10号Fという小さいキャンヴァスに漁港を描いたものである。昭和8年、彦根に居住した島戸にとって、琵琶湖へと続く旧外濠は漁港として恰好の写生地であった。小型のキャンヴァスによる戸外写生を行い、自然から受けた感興を率直に描き出す。本作は、作者の平明なリアリズムを伝えるもので、水面に映える光の描写、舟の帆にみられる複雑な構成には、作者の卓越した技巧が窺える。こうした写生は、昭和33年、改組第一回日展で特選を得た《真昼の漁港》(滋賀県立近代美術館蔵)に結実していく。 |
《社頭残雪》 1968(昭和43)年頃 97.0×163.0cm キャンヴァス、油彩 島戸は、昭和36年に、静岡女子短期大学(静岡県立大学の前身)教授として、静岡に赴任して以来、約7年間にわたりこの地に居住した。 本作は、久能山東照宮の社頭を描いたもの。絢爛な社殿とそこに残る柔らかな残雪を作者独特の暖かい色彩で表現している。昭和43年の第11回日展に出品された。 |
《ステンドグラスと椅子》 1981(昭和56)年頃 1456.0×97.0cm キャンヴァス、油彩 島戸は晩年に至るまで、精力的な作画活動を続け、あくまで現場写生を重視した。本作をはじめ、教会の内部を描いた作例は、この時期の主要な題材の一つである。ステンドグラスから漏れる神聖な光が、巧みに表され、壁面を彩る緑は、深い色合いをみせている。静謐な空間を作者独自の色彩と構図で表現した秀逸な作である。 |
金沢健一は、幾何学的な構成による鉄の彫刻を作り続けている作家である。《音のかけら》シリーズは、鉄板を様々な形に溶断し、ゴムの足をつけて並べた単純な仕組みであるが、その単純さゆえに、多様な鑑賞体験ができる。大人から子どもまで、あるいは目の不自由な人も、楽しみつつ、同時に形と音、鉄と人の関わりなどの思索へいざなわれる。鑑賞者が積極的に働きかけることによって作品が成立する、参加体験型・現代美術の秀作である。 《音のかけら2》は、このシリーズの原点となった3点のうちの一つである。
《音のかけら2》
1987(昭和62)年
h3.2×150.0×150.0cm
鉄、ゴム
《作品62》
1962(昭和37)年
275.0×92.0cm×3枚
パネル、油彩