岩波現代文庫 2007年
今年は没後50年ということで、永井荷風(1879-1959)が注目されています。荷風はフランスに学んだ小説家、随筆家ですが、奇行の持ち主としても知られています。世捨て人的に東京の下町を徘徊し、光のささない私娼窟や入り組んだ路地を見つけては、裏側の世界を享受していました。『断腸亭日乗』や『日和下駄』には、固定の価値観にとらわれない、近代人である荷風の個の思考を読み取ることができます。今回『荷風好日』を掲げるのは、まさに個の思考こそが、日本、西欧を問わず近代の風景画を理解するうえで、重要なファクターとなっているからです。風景とは、個と自然との私的対話と交感の中から立ち上げるものであって、荷風の作品はそのことを実によく教えてくれます。
(当館学芸部長 小針由紀隆)