今年度、静岡県立美術館は3点の日本画作品を新たに収蔵しました。このうち2点は、石井末茂氏の寄附により設立された基金で購入されたものです。故人の篤志に改めて深謝する次第です。
《武蔵野図屏風》6曲1双
江戸時代(17世紀)当館蔵
《武蔵野図屏風》は、『万葉集』をはじめ古来和歌に詠まれてきた武蔵野の地を主題としたもので、ススキの生い茂る茫とした野原とそこから昇る(沈む)月が描かれています。『続古今和歌集』所載の和歌をもとに、江戸時代以降広く愛謡されたといわれる「武蔵野は 月の入るべき山もなし 草より出でて 草にこそ入れ」の俗謡をイメージ化した絵画主題と考えられており、本作のように富士山を描き込む作例も複数知られています。このような「武蔵野図屏風」の成立については不明な部分が多いのですが、すでに中世の作例として扇面形式の武蔵野図が知られており、本作はその後の展開を辿るうえでも重要な作品です。そして何より、富士山の絵画を作品収集の柱の一つに据える美術館として、かねてより収蔵が望まれていた主題でもありました。富士山の世界遺産登録に向けての活動が各方面で進められる中、本作が収蔵された意義は大変大きいと言えるでしょう。
久隅守景《蘭亭曲水図屏風》6曲1双
江戸時代(17世紀)当館蔵
久隅守景(生没年不詳)の《蘭亭曲水図屏風》は、守景作としては他に類例のない蘭亭の会を主題としたもの。蘭亭の会は中国晋の時代、永和9年(353)3月に名士42人が蘭亭に会して禊し、曲水に杯を流して詩を詠んだという文雅の集いで、日本でも数多くの絵画作例がある伝統的主題です。生き生きとした人物の表現が大変魅力的な作品で、中にはすっかり酔っ払った人も見えるなど守景ならではの味付けがされています。曲水が左から右へと、つまり通常とは逆の向きに流れている点も注目されます。探幽門下四天王の一人に数えられながら、狩野派破門説もある守景ですが、広く取られた余白には師である狩野探幽(1602−74)の画風を継承していることが確認できるでしょう。当館所蔵の守景作品としては第一号となる作品です。
狩野永岳《四季耕作図屏風》6曲1双
江戸時代(19世紀)当館蔵
狩野永岳(1790−1867)の《四季耕作図屏風》は、移ろう季節の中に折々の農耕風景を描いた作品で、この主題も狩野派を中心に多くの絵画作例が知られています。それぞれの作業風景は、基本的には中国からもたらされた版本をもとに描かれたと考えられますが、中には子供たちが遊ぶ様子など農作業とは直接関係のないモチーフも多く描かれているほか、広々とした風景表現にはどこかの実景を参考にした可能性も考えられます。永岳は彦根藩の御用も務めていますので、琵琶湖周辺の景観がヒントになったのかもしれません。永岳独特の群青を中心とした鮮やかな色彩と、金地の画面が華やかな雰囲気を作り出しており、数ある永岳作品の中でも指折りの傑作と言えます。因みに、現在の京都御所には御常御殿をはじめとして永岳の障壁画が多く残されています。
なお、後者2つの狩野派作品は、昨年9〜10月に当館で開催された「狩野派の世界2009」展に出品され、多くの方々にご覧頂くことができました。
余談になりますが、こうした作品は美術館で購入できなければ海外に流出していた可能性もありました。特に、屏風作品はいまや日本では自宅に飾る0家も少なくなり、海外で室内装飾として使われることが多いようです。明治期に優れた浮世絵作品が多数海外に流出したことは良く知られていますが、そうした状況は今も決して変わっているとは言えないのです。
昨今の厳しい経済状況下では、美術館の重要な使命の一つである作品収集も思うに任せません。しかし、このような社会状況だからこそ、美術作品をはじめとする文化に親しみ、生活に潤いを与える意義があるのではないでしょうか。
これらの新収蔵作品は、今年4月からの新収蔵品展にて一堂に公開されます。静岡の、そして国民の新たな宝となった作品を、是非ご覧下さい。
(当館学芸員 福士雄也)