お正月の定番ゲーム「百人一首」の札には、百人の歌人の和歌が一首ずつ書かれているが、柿本人麿・在原業平・小野小町ら古来の名歌人三十六名を、平安時代の藤原公任が選んで崇敬の対象としたのが「三十六歌仙」である。それに基づく屏風で、図版は部分。図版左下、縁側で庭先をみやる十二単衣の美麗な女性は小野小町。その上の色紙には「色見えで移ろうものは世の中の 人の心の花にぞ有ける」という彼女の有名な和歌が記されている。美女の視線を追ってゆくと、花散り急ぐ桜の木が描かれ、右端の色紙には「桜散る木の下風は寒からで 空に知られぬ雪ぞ降りける」という紀貫之の歌が記されている。つまり歌の意味の連関を利用して、ふたつの和歌に桜の木を共有させているのだ。このような具合で三十六首の歌全部が順番に色紙に記されていき、近くに歌の意味が絵画化されていく。しかも全体はつながって統一した山水景観となっている。おそろしく複雑な知的パズル。絵自体もたいへん優れる。この絵師、ただものではない。
(当館主任学芸員 山下善也)
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