館長あいさつ

館長あいさつ

 静岡県立美術館は有度山と呼ばれるなだらかな丘陵の中腹にあり、桜、欅、金木犀などの豊かな樹々に囲まれています。美術館につづく坂道からは、いかにも静岡らしい穏やかな山々の連なりが見え、運がよければ、富士山を拝むこともできます。というのは、お天気次第で、富士はその姿をすぐに隠してしまうからです。

 そんな風景を眺めながら、ご覧になったばかりの展覧会を振り返るのも、当館を訪れる楽しみのひとつではないでしょうか。丘を下る時には、風景が違って見える、そんな展覧会をみなさまに提供したいと思います。

 なぜなら、美術館の展示室に並んでいるものの多くは、わたしたちとは別の時代、別の世界を生きたひとびとが、それぞれの美しさの基準にしたがって作り出したものだからです。それらと向き合い、別世界にひたり、無心になる。過去を知り、ひるがえって、わたしたちが生きる現代を知る。それらを作り出した人間というものの楽しさ、面白さ、恐ろしさ、底知れなさにふれる。これが美術館の醍醐味ではないかと思うのです。

 静岡県立美術館は県議会100周年を記念して1986年に開館しました。それからもう30余年が過ぎたといえるし、まだ30余年しか経っていないともいえます。日本の公立美術館としては平均的な年齢だと思いますが、世界の美術館の歴史と比べれば、ようやく自分の足で歩き始めたころかもしれません。

 開館以来これまでに、当館は2,700点を越える美術作品を収集してきました。「東西の風景画」、「ロダンと近代彫刻」、「静岡県ゆかりの作家たちが作り出したもの」をコレクションの柱にしています。1993年にはロダン館が開館しました。その蓄積は美術館の血となり肉となってきました。一般にはそれを美術館の特徴とか特色と呼ぶわけですが、むしろ「体質」であり「体力」であると呼びたくなるほどにコレクションは美術館の根幹を成しています。

 美術館と聞いて、ひとはその建物の姿を思い浮かべるかもしれません。しかし、それはいつの日か朽ち果ててしまう、あるいはそうなる前に更新されるでしょう。美術館とは、むしろその建物の内部に集められた作品群、すなわちコレクションを指し、これらが実体、美術館そのものです。30余年後の、あるいは50年後、100年後の静岡県立美術館とは、現在のコレクションがさらに成長したもののことであるはずです。

 コレクションの柱に立てた「東西の風景画」は、収集範囲を17世紀の初頭にまで広げて集めてまいりました。富士山をいただく地に美術館があることにちなんだという意味合いもあります。このことにより、日本の美術では狩野派や文人画家を中心とした近世絵画が充実しています。

 30余年前に歩みをはじめた多くの公立美術館が近現代美術のコレクションを築いてきた中で、前近代の美術を振り返ることのできる当館の「体質」は際立っています。先の申し上げたとおり、「過去を知り、ひるがえって、わたしたちが生きる現代を知る」ことの意義がここにあるとわたしは信じています。だからこそ、美術館に向かって丘をのぼってきてほしいのです。そして、ふだんの暮らしとは異なる時間をゆったりと過ごしてください。

2019年7月

館長 木下直之

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