風景の交響楽

静岡の調べ

狩野派の世界  世界的にも類のない狩野派400年の歴史

当館は、静岡との強いつながりに注目し、開館前から狩野派の収集に力を注いできた。
室町幕府〜信長〜秀吉〜江戸幕府の御用絵師=狩野派の歴史は、400年に及ぶ。これほど長く為政者のもとで持続した流派は、世界的にも他に例がない。
その本拠地は為政者の地に対応する。江戸開幕を機に京都から江戸の地に移転、探幽は画風を大きく変容させ、京都に残った京狩野は、独自の画風を幕末まで継承した。江戸の地の江戸狩野は、幕府直属の奥絵師から分家・門人筋、さらに全国諸藩に広がる巨大企業の様相をしめし、幕末の芳崖や雅邦が、明治維新後、横山大観らを育成することになる。
平成17年度末現在、下記26名絵師におよぶ41件の狩野派作品を館蔵しているが、とくに重要な作品を、ここに紹介した。他の楽章に掲載された狩野派作品とともにお楽しみいただきたい。

室町〜桃山時代
初期狩野派・宗眼重信、京狩野:山雪・永納・永良・永岳・永祥
江戸狩野
【奥絵師】=探幽(収録の4作品は探幽の代表作)・尚信・安信・常信・探信守政・周信・栄川典信・養川惟信・伊川栄信・探信守道・晴川院養信
【表絵師】=素川章信、門人筋=英一蝶・橋本養邦・橋本雅邦・芳崖
【その他】=加藤文麗・山本探川・石田幽汀

※海北友松は、厳密にいうと狩野派ではないが、狩野元信あるいは永徳の門人説があるため、便宜上、このパートに掲載した。

水墨の妙手、友松晩年の代表作。 海北友松 《禅宗祖師・散聖図屏風》(部分)

禅宗の二祖・六祖、高僧、散聖(正当な法系にない禅僧)の故事を描く。中国・梁楷の減筆体を学び、簡潔な濃淡の墨線と墨面だけで人物の顔と姿態を表情ゆたかに表わしている。武将山名禅高のための制作で、上部賛は、妙心寺80世・静岡臨済寺4世の鉄山宗鈍による。ここには全12図のうちの2図を掲載した。

豪華絢爛、永徳系絵画の逸品 狩野宗眼重信 《帝鑑図・咸陽宮図屏風》

中国古代、皇帝の善政と悪政をしめす帝鑑図、秦始皇帝の逸話の咸陽宮図を一対として描く。抜群の保存状態で、良質の金箔地に濁りのない濃い色彩が輝く。岩を描く筆づかいの強さ、配色のあでやかさ、人物描写など、狩野永徳系絵画の傑作。高橋是清旧蔵。

輝く画面、探幽の金屏風の稀少な現存例 狩野探幽 《一ノ谷合戦・二度之懸図屏風》

『平家物語』の一場面。梶原景季の孤軍奮闘、救出に駆けつける父景時の騎馬姿。探幽円熟期の大作で、精細な人物描写、モチーフの絶妙な配置がすばらしい。探幽の武者絵屏風は他に現存せず、焼失した探幽の京都御所障壁画「武者絵」の姿を偲ばせる点でも貴重だ。

ブリリアントな白の輝き、応挙よりも早い写生の実践 狩野探幽 《白鷴図》

白鷴は雉子の仲間で中国原産。輸入され、平安時代以来、愛玩された。その番いと秋草。華やかな彩色、細密描写が見事。羽根はレースのように繊細で、白の輝きがまぶしい。ほぼ実物大であり、写生を重ね、それをもとに仕上げた作品だろう。松方公爵家の旧蔵品。

すばらしき水の質感、透明感 狩野永納 《蘭亭曲水図屏風》

王羲之が催した詩会。父山雪の同題作から、濃密な色彩と特異な形態感覚を引き継ぐ。山雪と異なるのは流水の描写で、群青の濃淡による水の質感、透明感の表現がすばらしい。まるで水中に手を差しこめそうなリアリティ。動きある少年たちの姿にも目を向けたい。

再評価はじまる夭逝の京狩野絵師、写生画風の注目作。 狩野永良 《親子犬図》

夫婦、親子の、犬の家族。じゃれあう小犬たちが微笑ましい。目に群青、親犬の目頭と目尻、黒犬の歯茎に朱が用いられ、生々しい表情が生れている。18世紀半ば、中国から渡来した画家沈南蘋の写生画風は、長崎から京都にも伝わって大流行。その影響に違いない。

5種類のツルが乱舞、応挙の師の魅力作。 石田幽汀 《群鶴図屏風》

鶴が満員電車状態。総金箔地を背景に、さまざまな姿態を繰り広げる。描かれた鶴は、じつは5種類。タンチョウ・ナベヅル・マナヅルは伝統的に描かれるが、ソデグロツル・アネハヅルは珍しい。博物学上の興味と関わる制作事情があったにちがいない。

猿は縁に通ずる。たくさんのご縁を大切に。 狩野伊川院栄信 《百猿図》

水墨の手長猿は伝統モチーフだが、伊川は実に楽しい作品に再生させた。蟹をとらえる猿、柿の実を持ち子を抱く母猿、雀を捕まえようとする猿など、さまざまな姿を捜したい。猿の数はちょうど百、こだわりの数だろう。環境描写も見事、伊川の技量の高さが光る。

めでたい!武家か公家の婚姻に関わる金屏風。 狩野伊川院栄信 《桐松鳳凰・月夜葡萄図屏風》

外向き・奥向きの対照的な絵を表裏に描く。桐・松・鳳凰は慶事の象徴、多くの実をつけた葡萄は多産・子孫繁栄への願いの比喩であり、金箔が祝福の輝きを放つ。鳳凰図は狩野家の伝統図様を継承したものだが、葡萄図には円山応挙や李朝絵画との関連を考えたい。

難易度の高いパズルみたいな知的絵画 狩野永岳 《三十六歌仙歌意図屏風》

人麿・業平・小町など古の名歌人36名の和歌を書した色紙を貼り、近くに各歌の意味を絵画化。各場面を連続させ、全体として統一景観を構成する。歌意と景観構成の一致、難易度の高いパズルのような工程を経た作品だ。鮮明な彩色、徹底した細部描写を満喫したい。

芳崖の雪舟学習。力強い線描、的確な描写力。 狩野芳崖 《寿老人図》

七福神でなく呪術をあやつる本来の仙人の姿。異様な雰囲気が漂う。雪舟の梅花寿老人の模写学習に始まる連作のひとつで、維摩図の図像を借用している。力強い線描、的確な描写力は見事。うるさいまでの環境描写、梅枝と他の線の錯綜などに、明治初期の熱気を感じたい。

東京美術学校・学生への模範作 橋本雅邦 《三井寺》

謡曲『三井寺』に取材、生き別れとなった我が子の元へ急ぐ狂気の母親を劇的に描く。黄や緑の鮮やかな曲線模様が美しく、動勢に富んだ構図などに近代の息吹を感じるが、鮮やかな琳派風の衣や石段の水墨の描写などには、次代を担う画家たちに伝統を引き継ごうとする雅邦の意気込みが溢れている。

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