風景の交響楽

静岡の調べ

徳川ゆかりの画家たち

静岡は、徳川将軍家との関係が深い場所である。権現様と呼ばれ、徳川幕府の礎を築いた初代将軍徳川家康が大御所として隠遁の地としたのが、静岡(駿府)であった。そして、明治維新の後、蟄居謹慎を命じられた15代将軍慶喜が隠居生活を過ごしたのも、この静岡の地であった。慶喜は、静岡への移住後、政治の世界から一切身を引いて、趣味の写真や絵画にいそしみ、自転車に乗るなど、悠々自適の生活を送り、地元の人々から「けいきさん」と呼ばれ親しまれた。慶喜が描いた油彩画は貴重で、当館所蔵作品を含めて国内に6点しか確認されていない。また、徳川宗家に従い、静岡に移住した画家たちは、日本近代絵画に大きな足跡を残している。川村清雄は、徳川宗家の留学生としてフランス、イタリアに学び、同じく幕臣であった勝海舟の庇護を受けて、画家としての地位を確立した。小林清親と石川欽一郎も幕臣の子息として画家の道を歩んでいる。この章では、徳川将軍家ゆかりの画家たちの作品を紹介する。

最後の徳川将軍が描いた理想の風景 徳川慶喜 《風景》

徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜は、明治元年静岡に隠居後、この油彩による風景画を描いた。静かな山間の風景は、政治から一切身を引いて穏やかに暮らす慶喜の心中を映し出しているかのようだ。これまで国内には5点の油彩画が確認されており、本作は、6点目にあたる新発見作品である。

超絶技法木版—清親の野心作 小林清親 《猫と提灯》

提灯の中に逃げ込んだ鼠の尻尾を押さえる猫。その一瞬の動きを微妙な光の中にとらえる。猫の毛並みやひげ、光のよって諧調を変える提灯の描写は特筆もの。銅版画風の細かな点描表現が、木版で達成されたのは驚きですらある。清親初期を代表する超絶技法木版。

漫画風合戦図 小林清親 《川中島合戦図屏風(裏:龍虎墨竹図)》

清親晩年の肉筆画—これまでに類例のない大作で、貴重な新発見作品。武田信玄・上杉謙信の川中島合戦に取材するが、その画風は独創的。陰影を施したユーモラスな人物表現には、錦絵漫画で培った清親の画歴の片鱗をのぞかせている。裏の水墨画も斬新。

巨岩と群衆。謎めいたモチーフは何を表しているのだろう。 川村清雄 《巨岩海浜図》

極端に横長の画面に段丘のある海辺と巨岩を描き、群衆を配している。遊ぶ子供達、赤毛氈を敷いた椅子、提燈のある小屋、火にかかった大釜などがみられ、祭りの雰囲気がある。木目を活かして描かれた川村らしい作品だが、主題についてはさだかではない。

アクション・ペインティングを思わせる大胆さ。立体的に用いられた絵具に注目 川村清雄 《波》

岩に打ち寄せる波を粘りのある油絵具でダイナミックに描いている。江戸幕府の学問所の流れを汲む静岡県立葵文庫(現静岡県立中央図書館)の旧蔵品。川村は徳川家にかかわりの深い画家であるが、依頼主や画面に込められた寓意などはわかっていない。

川村清雄 《静物写生》

もやの立ち込める川面。湿潤な空気をしっとりと再現 川村清雄 《風景》

水面や霧は、薄い重ね塗りで地塗りを活かす伝統的な油彩画法で描かれている。一方、木の枝や水鳥の部分は、水墨を思わせるような闊達な筆づかいで瞬間の動きを描きとめている。和洋の技法をうまく組み合わせ、瑞々しい日本の風景を描き出した。

はかなげな空気が神域の厳粛な空気を伝える。 石川欽一郎 《神域より天の香具山を望む》

全体がもやに包まれる中、中央の天の香具山の存在感が際立つ。付近には遺跡調査をする人々が小さく描かれている。茫漠としたつかみどころのない描法が聖地の雰囲気によく合っている。初期の作品にみられる臨場感とはまた違う魅力がある。

「古き良き」日本。早春の田舎の空気が心地よい。 石川欽一郎 《田舎の早春》

右手に藁葺き屋根の農家を配し、左手には一本の道を通している。中景に前掛けをした女性、奥には馬上姿の男性が描かれている。遠近を強調した表現はいわゆる「道路山水」と呼ばれる様式の特徴。うまく表された早春の空気を味わいたい。

石川欽一郎 《台湾の町》

石川欽一郎 《駿河湾》

石川欽一郎 《海辺(早川海岸)》

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